2024年某日、老人ホームを経営していた私のもとに、一通の封筒が届いた。「社会保険料滞納」に関する督促状だった。身に覚えはある。確かにこの2カ月間、経営は逼迫しており、社員の給与や運営資金の工面を優先せざるを得なかった。社会保険料の支払いを後回しにしたのは苦渋の決断だった。
「国のことだから、少しくらい猶予をくれるのではないか」。そんな甘い期待もあった。なによりも、コロナ禍で受けた融資の返済が目前に迫り、その返済を滞らせるわけにはいかなかった。今振り返れば、この判断こそが最大の過ちだったのかもしれない。
その後、延滞金の発生に関するお知らせや催促の手紙が何度も届いた。しかし、私は忙しさにかまけ、それらの通知を開封することさえ後回しにしていた。目を背けていたという方が正しいかもしれない。
少しずつではあるが、老人ホームの経営は回復の兆しを見せていた。ようやく社会保険料の支払いもできると思った矢先、届いたのは「財産の差し押さえ」に関する通達だった。にわかには信じられず、頭が真っ白になった。あれほど真面目に、社会のため、利用者のため、スタッフのために尽くしてきた自分が、差し押さえの対象となるとは…。
その瞬間から、心に空いた穴に風が吹き抜けるような、なんとも言えない不安と焦燥に襲われた。
何よりも自分の行動――いや、無行動への罪悪感が胸に突き刺さった。知識の乏しさから来る恐怖、そして経済的な圧迫。まるで蛇ににらまれたカエルのように、私は一歩も動けなくなっていた。
そんな中、かつて一度だけ相談をしたことのある「廃業コーディネータ」のことを思い出した。当時は事業売却の可能性や資金繰りについて軽く相談したが、その時は行動に移さなかった。しかし今となっては、頼れる存在はその人しかいなかった。
恐る恐る連絡を取ったが、コーディネータは快く応じてくれた。そして私に告げた。「まずは社会保険事務所に行きましょう」。震える思いで出向いた社会保険事務所では、厳しい言葉を浴びせられ、即日の支払いを命じられた。こちらの事情や相談は一切受け入れてもらえず、ただただ厳しい現実が突きつけられた。
「厳しすぎる…」心が折れかけたその時、コーディネータが私の目をまっすぐに見て、はっきりと言った。「社長、廃業しましょう。私には廃業後の明確なプランがあります。」
彼は過去に何度も事業の成功と廃業を経験しており、その度に再出発を遂げてきたという。私にとって、もう選択肢はなかった。この人を信じることが、自分に残された唯一の道だった。
その後はコーディネータの助言を受けながら、粛々と廃業手続きを進めた。正直、心は張り裂けそうだった。だが、どこかで「これでようやく終われる」と安堵する自分もいた。
廃業後の生活が最も心配だった。私には妻と二人の子供がいる。今後の生活費をどう確保すれば良いのか、不安で仕方なかった。しかし、コーディネータはその不安にも応えてくれた。再就職先をすでに用意してくれており、月給50万円以上の条件で働ける環境を整えてくれたのだ。
妻には大きな心配をかけたが、今は家族と共に新しい生活を築いている。自分はラッキーだったのだろうか。いや、実際には「普通」なのだという。行動を起こすかどうか、それだけの違いなのだと、彼は言った。
今、もし同じように経営に悩み、行き詰まりを感じている人がいるなら、私は心から伝えたい。「一人で抱え込まないで、廃業コーディネータに相談してみてほしい」
廃業は「敗北」ではない。むしろ、新たな人生への「スタート地点」なのだ。私はそう実感している。勇気を出して一歩踏み出せば、そこには思いもよらない道が開けることもある。迷っているあなたに、その一歩を踏み出してほしい。
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