2024年、日本の介護業界は過去に例を見ない危機的状況に直面しています。東京商工リサーチによれば、この年の介護事業者の廃業数は784件に達し、調査開始以来最多を記録しました。その中でも、訪問介護サービスは廃業の約7割を占めるという深刻な状況です。高齢化社会の重要な柱である訪問介護サービスの崩壊が進む背景には何があるのでしょうか。本稿では、この問題を多角的に検証し、求められる対策を探ります。
訪問介護事業者が直面する最大の課題の一つは、物価高騰によるコストの増大です。特にガソリン代の高騰は、利用者の自宅を訪れる訪問介護の性質上、避けられない問題です。介護事業者の多くはすでに薄利多売の状態で経営を続けており、急激なコスト増加に耐える余裕がありません。
実際、埼玉県鴻巣市の訪問介護業者を取材したところ、「1軒1軒車で移動する中でガソリン代の負担が増え、経営を圧迫している」との声が聞かれました。特に地方では、訪問先が離れているため燃料費の影響が大きく、都市部以上に経営が厳しい状況です。物価上昇がこのまま続けば、さらなる廃業が相次ぐことは避けられないでしょう。
2024年4月に行われた介護報酬改定では、訪問介護の基本報酬が平均2~3%引き下げられました。具体的には、身体介護や生活援助、通院等乗降介助のいずれも単位数が減少し、事業者の収益性に深刻な影響を及ぼしています。
たとえば、身体介護1時間以上1.5時間未満の単位数は579から567に減少し、これにより事業者の収益は低下しました。報酬引き下げの理由として「訪問介護の利益率が他の介護サービスに比べ高い」とされていますが、実際の現場では利益が人件費や運営コストで消え、余裕がないのが実情です。
また、報酬引き下げにより人件費を抑えざるを得ない事業者も増え、スタッフの給与改善が滞ることで、人材流出に拍車がかかる悪循環も見られます。特に若い世代が介護業界から離れ、別の職種に転職するケースが増えていることも大きな課題です。
訪問介護業界では、廃業による人手不足も深刻化しています。近隣の事業者が閉鎖することで業務が集中し、現場の介護スタッフは疲弊しています。とある男性介護スタッフは、「隣町の事業者が廃業し、その利用者を引き受けて仕事量が増えた」と語っています。
さらに、他業種との賃金格差も問題です。介護スタッフの給与は月収15~17万円程度で、大幅な改善が求められていますが、現状では働き手を確保するのは困難です。一方で、利用者の数は増加の一途をたどり、対応するスタッフが不足することでサービスの質の低下が懸念されています。
人手不足を解消するための施策として、外国人介護人材の受け入れが進んでいます。しかし、日本の高齢者特有の生活習慣や価値観を理解するには時間と努力が必要であり、即効性のある解決策にはなっていません。
一部の地域では、外国人スタッフが文化や言語の壁を乗り越えて活躍している事例もありますが、多くの現場では研修体制やフォローアップが十分ではなく、職員の負担が増える一因ともなっています。今後、外国人介護人材が日本の介護現場に定着し、効果的に活用されるためには、十分な教育と支援が求められます。
厳しい状況にありながらも、一部の訪問介護事業者は創意工夫で生き残りを図っています。たとえば、加算制度を活用して収益を改善する事例や、介護保険外サービスを導入して新たな収益源を確保する事業者が増えています。具体的には、利用者の外出補助や家事代行、ペットケアなど、介護保険の枠にとらわれない柔軟なサービス提供が注目されています。
また、地域コミュニティとの連携を強化し、利用者だけでなく家族や地域住民にも支援を広げることで、地域全体で高齢者を支える体制を整える事例もあります。こうした取り組みは、業界全体が学ぶべきモデルといえるでしょう。
このような危機的状況に対応するため、いくつかの具体的な対策が必要です。
特定事業所加算や中山間地域加算など、未取得の加算を積極的に取得することで収益改善を図る必要があります。
職員のモチベーション向上と定着率を上げるための人事制度の見直しが急務です。特に成果を適切に評価し、給与に反映させる仕組みを整備することが重要です。
保険外サービスの提供により、新たな収益源を確保することも検討すべきです。たとえば、家事支援や外出補助、ペットケアなど、利用者の生活を総合的にサポートするサービスが期待されます。
地域全体で高齢者を支えるための連携を強化し、行政や地域住民、他業種との協力を推進することが不可欠です。
2025年問題が迫る中、訪問介護業界の崩壊危機は日本社会全体にとって大きな課題です。この危機を乗り越えるには、政府、業界、地域社会が一体となり、支援を強化しつつ、長期的な施策を講じる必要があります。訪問介護サービスを維持・発展させることで、高齢者が安心して暮らせる社会を実現することが求められています。